2024年02月01日

恵方巻(巻きずしのスタイル)

 発祥は、関西の風習「節分の日にその年の縁起のいい方角(恵方)を向いて無言で太巻きずしを丸かぶりする」という情報に基づいて広島のセブンイレブンが恵方巻を販売したことから始まったそうです。巻き寿司は「福を巻き込む」丸かぶりは「縁を切らない」の意で、縁起ものです。
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私のTT革命

 IT革命なんて難しすぎて関係ないと思いつつ、もしかしてこれもIT革命というのかなと思いなおし、こんな時代の変革をお届けします。
 私が就職したのは昭和五十六年。その頃の文書は、手書きからタイプ、ワープロへと変化していく頃でした。事務所内に一台だけ、和文タイプライターがありましたが、そんなに使う人はいませんでした。和文タイプは漢字変換ができないため、文字数は一〇〇〇個以上あり、配列に従って文字を探して打っていきます。字の裏側を見ながら打つので、不安そうに打つと、インクが薄くなったり、打ち間違えると、修正液を塗るか、上から紙を貼って修正します。
紙が傾いていないか手作業で合わせます。一列打つと上部が左に動いて、終了間近を教える「チーン」という音が鳴ります。レバーを引いて改行です。
 印刷も、最初の頃は、謄写版にインクを刷り込んで押さえて印刷、手回しの輪転機もあったような。その後、ワープロで作った原紙を製版機にセットして、大量に印刷できるようになりましたが、時々、原紙を外し忘れて次の印刷の人に「残ってるよ」と教えてもらいました。
 時代は、タイプからワープロの時代に入りました。ワープロには変換機能が付いていて、当初は一行だけ表示される画面で、文字の変換や打ち間違えを確認していましたが、時が経って、三行分も表示できる「三行革命」という商品が発売されると、私の中ではまさに「産業革命」でした。その後は広い画面になり、紙面全体の構成が見えるようになりました。
 ワープロと並行して、会計処理用に各課にパソコンが導入されました。パソコン台に設置し、共有で使用しました。次代は、ワープロからパソコンへ、デスクトップからノートパソコンへと移っていきます。
今は、一人一台。学校でも当たり前で、時代は進歩していますね。


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2024年01月01日

七草に更に嫁菜を加へけり(ななくさに さらによめなを くわえけり)

https://www.aozora.gr.jp/cards/001310/files/51838_59542.html(青空文庫「五百五十句」より)

 お正月なので、高浜虚子の祝い句をあげてみました。
 一月七日は七草がゆを食べて無病息災を祈る日。
 この正月のおめでたい日に、高浜虚子氏の小学校の同級生で、鼓の師匠でもある川崎利吉氏(のちの川崎九淵で、能楽界初の人間国宝となった人)の息子様の結婚式が行われたときの歌だそうだ。
 季題の七草に、「嫁」の文字が入った「嫁菜」を一つ加え、七草を「八」という末広がりの数字にすることで、見事なお祝い句となっています。
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春の七草

 せり なずな すずな すずしろ ほとけのざ ごぎょう はこべら これぞ七草

 最近は、ついついスーパーでパック材料を買っていますが、母の頃は、田んぼの水除に芹を取りに行き、緑色の湯がき汁に爪を付けると「今年一年マムシに咬まれない」と言っていた。昔は鎌仕事が多かったからだろうし、信じるものは救われる。
 一月七日の朝、七草に里芋と餅を追加して、七草がゆではなく、七草の炊き込みご飯をつくる。
炊けたら、神棚、仏様、お稲荷様、門松にお供えする。
 お正月は、年始のご挨拶で親戚を訪問したり、家に招いたり、大忙しだが、年を取るごとに身内との出会いが恋しくなる。子や孫、兄弟、両親、祖父母と皆が元気にしていればこその忙しさである。
 七草が過ぎると、十一日は鏡開き。神棚や仏壇からお供え餅をおろし、門松を倒す。さげたお餅を水餅にして、子ども達が小さい頃は、焼いて善哉を作ったりしたものだ。十五日にはお正月に飾っておいたお米でおかゆを炊く。そのおかゆで神棚のお札を貼る。
 その時々に思うのは、「ちゃんと聞いておけばよかったな」ということで、反省することしきりである。あんなこともしてたよなと思うだけでも、ご先祖様は許してくださるでしょうか。

 今年も健康で、よい一年になりますように。

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2023年12月01日

同 級 生

 先日、九十五歳になる父の同級生が亡くなりました。心からご冥福をお祈り致します。「〇〇君は同級生だ。お葬式に行かねば」と足元をふらつかせながら告別式に連れ添いました。その告別式の会場で、故人の娘さんにお礼を言われ、ちなみに私の高校の同級生だと当時の記憶を思い出させていただいた。四十五年ぶりの再会、お悔みもそこそこで記憶のなさに申し訳なさがいっぱいになりました。
 七、八年前、仕事の関係で顔を合わせた中年男性も、話の途中で中学校の同級生だと思い出させてくれた。半世紀ぶりの再会に、覚えていない恥かしさもありつつ、それ以上に同級生として接してくれたことがうれしかった。今では良き相談相手になってくれている。ありがたいものです。
 一方で、高校の同級生で現役引退までずっと近くに居てくれた仲間がいる。学生時代からの「おい」「うん」のやり取りが自然に出てくる。そんな同級生がいることを自慢したい。
 人生六十年の要所々々で顔を出す同級生。同級生というだけで親近感が高まる。父の様子から「同級生」の響きには、いつの時代も変わらない温かさがあるようだ。さりながら、寄る年波には勝てず、記憶はどんどん遠のいていく。もし、久しぶりに出会って知らん顔しても、決して「嫌い」という意思表示ではないことをお伝えしたい。記憶をたどり、懐かしさを呼び起こすまでの時間を頂きたい。二度目にあったときは、「あらー」と声をかけたい。
 生きるということは、別れも増えるが再会の喜びも増える。コロナでできなかった同級会、今度こそ開きたいものですね。

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